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文化人

瀬戸内寂聴はくずと言われる理由は!名言は恋愛にこそ響く?

 

瀬戸内寂聴さんはくずすぎるというのは本当でしょうか?また、名言は恋愛中に絶対聞いた方がいいというのも気になります。

瀬戸内寂聴さんといえば、有名な尼僧ですよね。

そこで今回は、瀬戸内寂聴さんはくずすぎるというのは本当なのか、また名言は恋愛中に絶対聞いた方がいいのかについてリサーチしました!

瀬戸内寂聴がくずと呼ばれる理由や原因は?

今は尼僧をしておられる瀬戸内寂聴さんですが、若い頃に家族を捨てて不倫に走った過去があるようです。

そのため、世間から見たらくずと呼ばれてしまっているみたいです。

誰しも人を好きになることはあると思いますが、相手が結婚していたら理性が働いて諦めるという選択をするのが大半だと思います。

 

ただ瀬戸内寂聴さんのように周囲が見えなくなってしまい、何もかも捨ててでも好きな人と一緒にいたいと思う気持ちもわかるような気がします。

人としてはくずのような行為だと思いますが、過去の過ちを素直に認め反省し、出家して心を入れ換えている瀬戸内寂聴さんは立派だと思いました。

 

瀬戸内寂聴さんが若い頃に不倫をしていたことは事実で、今でも知らない人が大勢いるのではと思います。

今の時代でさえ不倫は許されない行為ですが、瀬戸内寂聴さんの若い頃の不倫は今の時代では考えられないほど許されない行為ですね。

瀬戸内寂聴さんの不倫に対してネットの声の大半が、不倫していたなんてショックだとか、人としてくず過ぎるといった厳しい意見でした。

出家して罪を償ってきた瀬戸内寂聴さんでしたが、過去の過ちを反省してるからこそ言葉に説得力があるとの声もありましたね。

瀬戸内寂聴は若い頃に不倫?娘を置いていったってマジ⁉︎

瀬戸内寂聴さんは東京女子大学在学中の1943年21歳でお見合い結婚していて、22歳の時には長女を授かり、幸せな家庭を築いていました。

しかし旦那さんの教え子と不倫関係になり、旦那さんと3才だった娘を捨てて、不倫相手と生きることを選んでしまいました。

幼かった娘の理子ちゃんを置いて出て行ったあと、一旦戻ったときに「お母さんは?」と聞いたら「死んじゃったの」と言われてしまったんだそうです。

そのため強引に連れて行かず、また経済的に自立していなかったこともあり、自分の子どもより自分の夢である小説家になることを優先させてしまったことが最大の罪と自身で語っていらっしゃいます。1950年には正式に離婚されています。

ただその不倫関係も長続きせず、また上京した際に妻子持ちの年上小説家に出会い不倫してしまいます。年上小説家との不倫関係の最中に若いころに不倫の末破局した青年が現れ、三角関係になってしまったのだとか。

恋多き女性だったのですね。

瀬戸内寂聴は不倫を「命懸け」と名言を残すが娘とは絶縁?現在は和解している?

瀬戸内寂聴さんは2018年2月9日放送の「あさイチ」で週刊誌などが相次いで報じる不倫報道に対して持論を展開しました。

「(不倫を)ずいぶんしましたよ。どうってことないの。1つしても2つしても似たようなもんでしょ。」「不倫ってしようと思ってするもんじゃなくって、雷のように落ちてくるんですよね。だから当たったら仕方ない」「世の中から不倫が消えたら、小説の名作なんてなくなる。源氏物語もそうだし」

と語っています。

不倫は自分のせいではなく、天災のようなものだと持論を展開しますが、日本の倫理としては浮気はダメなので騒動となってしまいました。

また不倫について他にも名言を残しており「(不倫が許されるたったひとつの条件は)命懸け」「恋愛の醍醐味は不倫ですよ」と語っています。

いくら恋をするのが自由と言っても、それで迷惑がかかる家族がおり、実際に瀬戸内寂聴さんの娘さんとは絶縁状態に一度なっています。

現在は和解し交流が戻ったそうですが、やはり人の幸せを奪ってまで手に入れたい恋愛というものは経験したことがないので、私にはちょっと理解するのが難しいですね。

瀬戸内寂聴プロフィールは?

瀬戸内寂聴さんのプロフィールをご紹介します。1922年5月15日生まれの徳島県出身です。御年96歳なんですね!いつまでもお元気でいてほしいですね。小説家としてのペンネームは三谷晴美です。

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1950年東京へ行き本格的に小説家を目指し、活動を始めました。少女世界社、ひまわり社、小学館、講談社で少女小説や童話を書いた後、1956年に「女子大生・曲愛玲」で新潮同人雑誌賞を受賞しています。

不倫の恋愛を描いた「夏の終り」で1963年の女流文学賞を受賞し、作家としての地位を確立しました。

1988年に書いた「寂聴 般若心経」は1年で43万部を売るベストセラーとなりました。

1992年に一遍上人を描いた「花に問え」で谷崎潤一郎賞を受賞、また2008年にはケータイ小説のジャンルにも進出して、「ぱーぷる」のペンネームで執筆もされています。

2010年には脊椎を圧迫骨折して寝たきり、治療中の検査で胆のうがんが発見されましたが、すぐに手術を決断して成功し復帰されました。

修道女を志すも過去の不倫等で拒否され、1973年に今春聴大僧正を師僧とし、中尊寺にて天台宗で得度、法名を寂聴とお坊さんになります。

瀬戸内寂聴の名言ベスト5は?

瀬戸内寂聴さんはその豊富な人間関係から、多くの名言を紡いできました。人の出逢いと別れについては

「どんなに好きでも最後は別れるんです。どちらかが先に死にます。人に逢うということは、必ず別れるということです。別れるために逢うんです。だから逢った人が大切なのです。」

 

「人生とは出会いと縁と別れです。出会ってから別れるまでの間に、嬉しいことや悲しいことがあって、それを無事に超えていくことが生きるということなのです。」

と語っています。

また瀬戸内寂聴さんは人の命について

「人間は生まれた時から一人で生まれ、死ぬ時も一人で死んでいきます。孤独は人間の本性なのです。だからこそ、人は他の人を求め、愛し、肌であたため合いたいのです。」

 

「お子さんに『何のために生きるの?』と聞かれたら、『誰かを幸せにするために生きるのよ』と答えてあげて下さい。」

 

「あなたはたった一つの尊い命を持ってこの世に生まれた、大切な存在です。」

と語っています。とても深い言葉ですね。

瀬戸内寂聴の恋愛依存症な女性向けの名言とは?

様々な名言を残している瀬戸内寂聴さんですが、恋愛についても数々の名言を残しています。

「大抵の人間は自分本位です。とくに女性は、自分中心に地球が廻っていると思っていて、思い通りにならない現実に腹を立てて愚痴ばかり言うのです。思い当たることはありませんか。」

 

「妻は、やさしくされることを望んでいるだけではない。やさしい心で理解されることを望んでいる。」

 

「人に憎しみを持たないようにすると、必ず綺麗になりますよ。やさしい心と奉仕の精神が美しさと若さを保つ何よりの化粧品なのです。」

 

「心の風通しを良くしておきましょう。誰にも悩みを聞いてもらえずうつむいていると病気になります。信頼できる人に相談して、心をすっとさせましょう。」

 

「人間は万能の神でも仏でもないのですから、人を完全に理解することもできないし、良かれと思ったことで人を傷つけることもあります。そういう繰り返しの中で、人は何かに許されて生きているのです。」

 

「いろんな経験をしてきたからこそ、あなたの今があるのです。すべてに感謝しましょう。」

 

恋愛で苦しんでいる方は特に心に響くものがあるのではないでしょうか?瀬戸内寂聴さんの過去を知ってからだとますます考えさせられますね。

瀬戸内寂聴はくずと言われる理由は!名言は恋愛にこそ響く?まとめ

今回、瀬戸内寂聴さんはくずすぎるというのは本当なのか、また名言は恋愛中に絶対聞いた方がいいのかについて調査しました。

瀬戸内寂聴さんはくずはいいすぎですが、波乱万丈な人生を送ってこられており、その人生があるからこそ名言があるということがわかりました。

これからも作家としてもそうですが、様々な名言を世の中に残していって欲しいですね!