Oops! It appears that you have disabled your Javascript. In order for you to see this page as it is meant to appear, we ask that you please re-enable your Javascript!
スポーツ選手

張本智和の両親が帰化した理由は?なぜ日本じゃないとダメだったのか!

張本智和選手の両親が帰化した理由って何なのでしょうか?なぜ日本じゃないとダメだったのか、気になりますよね。

近頃成長目覚ましい張本選手。

今回は、張本智和選手の両親が帰化した理由と、なぜ日本じゃないとダメだったのかについてりさーちしました!

張本智和の両親はなぜ日本へ?帰化した理由は?

そんなご両親ですが2014年に帰化して日本国籍を取得されています。

帰化というのは、日本国籍を持っていない外国人が国に申請をすることによって日本国籍を認めてもらうという制度です。

 

ではなぜご両親は帰化したのでしょうか。

ご両親の帰化を望んだのは張本智和選手だったようです。

 

張本智和選手の父親は、母親と共に日本にコーチとして呼ばれました。それが日本に来たきっかけだったようです。

宮城県で「仙台ジュニアクラブ」のコーチとして活動していらっしゃいました。

来日した際まだ夫婦ではなかったお2人ですが1998年にご結婚され、2003年に日本で張本智和選手をご出産されています。

張本智和選手が小さいころから練習場に連れていいていたようで、よちよち歩きになると球拾いをして、2歳頃にはラリーができるようになっていたそうです。

 

その頃父親には中国からも何度か「中国に戻ってコーチをしないか?」という誘いがあったようです。

ですが、その頃にはすでに生活の基盤が仙台になっていたため、日本に残り日本の子供たちの為にコーチを続けることを決意し日本に残ることを決意したようです。

その後父親は福原愛選手も所属していた「仙台ジュニアクラブ」にて長年コーチを務め、その後仙台市宮城野区に自宅兼卓球場として「張本卓球場」を開設しました。

張本智和のプロフィール 卓球の経歴は?

現在大注目の張本智和選手のプロフィールを簡単にまとめてみました。

名前*張本智和
出生名*張智和
ニックネーム*怪物、神童
誕生日*2003年㋅27日
年齢*14歳
出身地*宮城県
国籍*中国→日本
血液型*O型
身長*172cm
体重*61kg
世界ランキング*最高10位

2013年から2015年までホープス日本代表として活躍し、2016年には日本ジュニア代表、2017年から2018年には日本代表として活動されています。

受賞歴も多数あり、これからの活躍がより期待されています。

張本智和は全日本卓球選手権大会の最年少優勝って本当!?

全日本選手権で張本智和選手が男女通じて史上最年少優勝を飾りました。
10度目の優勝を狙うエースの水谷隼選手を4-2で破りました。

第一ゲームと第二ゲームを連取し、第三ゲームでは8-11で落とし、試合の流れを失いかけましたが、第四ゲームでは相手を圧倒する勢いでポイントを取りました。

第五ゲームでは再び主導権を奪われかけましたが、第六ゲームは序盤の劣勢を跳ね返し勝利しました。

 

史上最年少記録は2006年度に水谷隼選手が記録した17歳7か月を大幅に塗り替え、14歳6か月に更新しました。

この大会ではジュニア男子と合わせて見事2冠に輝きました。

 

優勝の瞬間、張本智和選手はラケットをコートに置き、父親のもとにダッシュで駆け寄って歓喜の抱擁をしていました。

試合後のインタビューで張本智和選手は「今まで卓球をやってきた中で最高の瞬間。決勝では失うものがないと思って、思い切りいった。今まで卓球やってきた中で、1,2番を争ういいプレーだった」と語っています。

神童と言われるのも納得の成績ですよね!

張本智和の日の丸にかけた想いとは?

張本智和選手は、小学4年生になった際「日本に帰化したい」と伝えたようです。

ご両親は日本で生活しているものの当初は帰化するというまでは考えていなかったようですが、張本智和選手の想いを叶えたいと帰化を決意されたようです。

そして2014年に日本国籍を取得して名前も中国名の「張」から日本名の「張本」に改名されました。

 

ただ帰化したのは父親のみで母親は今も中国国籍のままのようです。

母親は中国でも有名な卓球選手だったということもあり、母国への想いや大人の事情もあって国籍を変えなかったのではないかと言われています。

 

ではなぜ張本智和選手は日本に帰化したいと思うようになったのでしょうか。

それは張本智和選手が生まれも育ちも日本の為、自分が生まれ育った場所である日本を故郷だと感じており、日本の国旗を背負って戦いたいという思いがあったようです。

帰化したいとご両親に伝えた小学4年生の頃には既に将来国際大会で日本人として戦いたいという意思があったということになります。

しかしご両親は張本智和選手が卓球選手になることは反対だったようです。

ご両親共にプロとして活躍されていましたから、厳しさや辛さを知っていて反対されていたようです。

 

ですがご両親もその考えが変わるきっかけがあったようです。

 

それは全日本選手権後母親が「夫と共に卓球の厳しさを知るだけに、当初は選手になるのは反対でした。考えが変わったのは小学4年時の全日本ジュニアの県予選。

3ゲーム先取で0-2のゲームポイントを握られた時でした。そこから3-2と大逆転したのです。泣きました。この子は違う。

私を超えたと。

以来、トモの卓球人生を支えようと考えなおしました。小学校の卒業式で「東京“五輪金メダル”を宣言しました。

これからも夫と共にその夢を応援していくつもりです」と手記を発表されています。

張本智和「チョレイ」の意味は?声に批判と擁護の声!?

得点を決めた時に張本智和選手は「チョレイ」と雄たけびをあげているのが印象的ですよね。

卓球をやっている人は意味が分かるかもしれませんが、やっていない人からするとさっぱり意味が分かりませんよね。

 

調べてみたところ「チョレイ」という叫び声には意味はなく、試合中に自分を高めるための言葉のようです。

他の選手でよく「サー!!」と声に出している選手がいますがそれが張本智和選手の場合「チョレイ」になったという感じです。

叫び声は人によって様々なので、それぞれ特に意味はないようです。

 

なので意識的に「チョレイ」と言っているわけではなくて自然に喜んだときに出た声が周りには「チョレイ」に聞こえたということのようです。

 

ですがこの叫び声のせいで張本智和選手が嫌いという声も上がっているようです。

「叫び声がうるさい」と思われてしまっているようです。

ですが大きい叫び声は気合が入っててプレイに気持ちが伝わるから好きという声もあるようです。

叫び声は気分を高めてより良いプレーをするためのものなので多少のうるささはしょうがないのではと思ってしまいますよね。

張本智和「ハリバウアー」とは?由来は?

張本智和選手は「チョレイ」という雄たけびだけでなくガッツポーズも話題になっています。

そのポーズは「ハリバウアー」と呼ばれています。

なぜそう呼ばれているのでしょうか。

 

それはそのガッツポーズが体を大きく後ろにそらした体勢になることからそう呼ばれるようになったと言われています。

かつて荒川静香さんが大きく体を後ろにそらしている状態を「イナバウアー」と呼び、流行語にも選ばれました。

それに似ていることから「ハリバウアー」と倉嶋監督が名付けたようです。

 

これからさらに張本智和選手が活躍したらもしかすると「チョレイ」や「ハリバウアー」が流行語にノミネートするかもしれませんね!

張本智和の両親が帰化した理由は?なぜ日本じゃないとダメだったのか!まとめ

張本智和選手の両親が帰化した理由と、なぜ日本じゃないとダメだったのかについてリサーチしました。

これから、さらに実力をつけていくと思われる張本智和選手。

ぜひ2020年の東京五輪でも活躍に期待したいですね!